続・安楽死問題について私見
このブログでは度々、犬猫の安楽死について書いてきました。今回もその是非を問う内容ではなく私見ですので、興味がある方だけ読んでください。最初にお断りしておきますが、当院では原則として受診歴のない犬猫の安楽死処置は行っておりません。
当院へ寄せられる初診での安楽死に関する相談は年々増えており、その主な理由は認知機能が低下した犬の介護に伴うものです。あるデータによれば現代の犬の平均余命は14歳を超え、加齢に伴う認知機能の低下(動物医療では認知症という表現は用いません)は決して珍しいものではなくなりました。認知機能が低下した犬は徐々に自立した生活が送れなくなり、排泄や食事面で人の介添えを必要とする介護状態になります。意思疎通がとれず夜遠し鳴き続ける犬のお世話を続けることに先が見えない不安を覚え、飼い主様が精神的に疲弊してしまうケースは少なくありません。加えて介護は家庭という閉鎖的な空間で行われるため問題が悪化して初めて分かるケースが多く、さらにそのような苦労を簡単に吐露できない社会風潮があることも問題に拍車をかけています。
介護を理由に安楽死?と思われる方も多いのではないでしょうか。その考えは介護する側の当事者である飼い主様の中にも多く、まさに想定外の事態であるということです。繰り返しますが介護の事情は各家庭千差万別なので、ここで安楽死処置の是非を問うことはしません。獣医師の中には終生飼育の義務を理由に自然死が差し迫った状況でない安楽死処置に否定的な意見を持つ先生は一定数おります。また、動物の死に強いストレスを感じるスタッフの心理的負荷を考慮して安楽死処置はなるべく行わないとする動物病院も珍しくありません。飼い主様の中には問題へ対処する上での選択肢が分からず孤立し、安楽死が唯一の選択肢であると思い込んで当院へ初めて来院される方も多いと感じます。介護に関する問題への対応は容易ではありませんが、我々のような第三者を介することで新しい対策が見出されるケースは実際にありますので、かかりつけの動物病院への相談を考慮していただきたいと思います。
私は家庭で暮らす犬猫の良い最期の迎え方について、獣医師としてできることは何かを長く考えてきました。人の感情が介入するこの類の問いには極めて繊細な対応が必要であることは言うまでもありません。一方で、犬猫の終末期の在り方が実に多様であることにも驚きを禁じ得ず、可能であれば一緒に過ごした時間を慈しみ、それぞれの家族にとって最善の最期を迎えていただきたいと思うばかりです。犬猫の終末期の現場では意見の差はあっても、飼い主様と我々の根底にある真の目的は「愛犬の安らかな生」で概ね一致すると思います。その「生」に「死」が含まれるか、それだけが安楽死処置を選択肢に含むかどうかの差だと私は考えています。動物医療関係者と飼い主様が目的を共有し、それぞれの家庭における最善の選択を模索していくこと、それこそが地域の動物病院の存在意義の一つではないか?と、改めて考える開業6年目のスタートです。